ホーム - 指揮者からのメッセージ


03.12.28「子どもたちの為の交響歌」

≪作曲・編曲:慈恩玲乃
≪作曲:郡司 敦
≪足本憲治HP:演奏家.com
 9/2 6/30 5/5 3/10 3/4 2/19

mailto:info@gunji-hiroshi.com






































はじめて読む方はこちらからどうぞ。

(9/2更新)「こどもとおとなのための交響歌」内容決まる!
 新作「こどもとおとなのための交響歌」の内容が決まった。曲目は
ジムノペティ、
花の街、
風をあつめて、
ともしび、
ちいさな木の実、
Ave Maria、
怪獣のバラード
を、慈恩玲乃が合唱にアレンジし、オーケストレーションする。オーケストレーション前の編曲がほぼ完了し、9月から練習が始まる。「こどもたちの為の交響歌」は、作品完成以降10回以上演奏されて、作品の面白さを子ども達も身につけた。
 今度は子どもと大人をオーケストラと共に同じステージに乗せるという、雄大な発想によるもので、仕上がりが期待される。カッチーニのアヴェ・マリアは、ソロで始まり、後半には、フーガになって6声で歌われる。演奏は、12月の25日荒川の定期(オケ付き)、2月11日(ピアノ伴奏)、6月3日(オケ付き)。

(6/30更新)「子ども達のための交響歌」に演奏申し入れ!
 慈恩玲乃氏が作曲・編曲した「子ども達のための交響歌」を演奏したいとの申し入れがあった。これまでの演奏CDなどを送ったところ、岐阜のコンサートでドイツから来る青少年オーケストラと日本の児童合唱団で「ぜひ演奏したい」との返事が来た。
 子どもとオーケストラが演奏会で取り上げる作品はまだ少なく、若い作曲家の感性や世界中の新しい音楽を取り混ぜた作品が、今望まれている。NHKテレビ等で、子どもが振り付けをしながらニコニコ笑って演奏するいわゆる"子どもらしい演奏"には、私は鳥肌が立つような物まね的玄人性を感じて、いやである。あくまでも芸術としての価値が欲しい。
 今年の12月には、東京荒川少年少女合唱隊40周年の記念すべきコンサートで、慈恩玲乃氏の作曲・編曲「こどもと大人のための交響歌」が演奏されることが決まった。大人も参加し、子どもとともにオーケストラと歌える作品を目指している。↑top

(5/5更新)新たな構想〜子どもと大人たちのための交響歌(仮称)〜
 4/10芸術劇場公演における慈恩玲乃編曲「チコタン」の弦楽器による演奏は、ピアノ伴奏と違って演奏に色彩感を与え成功したが、オラトリオ・シンフォニカJAPANのオーボエ奏者・前川氏の意見はまだまだ厳しい。いや、彼のような厳しい意見を、若い作曲家達がどう取り入れていくかも若い人達の栄養になり力となっていくのである。
 私の今年の構想の中に12月に向けての「子どもと大人たちの為の交響歌」(仮称)があるが、それは「子ども達の交響歌」の第2弾と考えていただいていい。誰でもが知っている、また、誰でもに歌って欲しい曲を児童合唱、大人の混声合唱、ソロとオーケストラに作曲・編曲し演奏しようというものである。これは、NPO法人「おんがくの共同作業場」の重要な活動の柱でもある。↑top

(3/10)合唱団員の中の若いアーティスト達
 作曲・編曲に関係ない話だが、先週・先々週と2つの個展に行ってきた。一人は写真、もう一人は絵。二人とも若い合唱団員で、どうも恋人同士らしい。(最近めでたく籍を入れたらしい?!)
 写真家の青砥くんは、どこかヌーボーとして、その頼りげないところが母性本能を揺さぶるのか結構女性に人気がある。その写真は題名も付いているが、説明を要する。若いだけにまだ迷いも多く、暗中模索中とみたが、心の中には沸々と燃えたぎるものがあるようだ。お祝いにと小額のお祝い金を渡したところ、「これで団費が払える」と一言。無言で僕(何だ俺に戻ってくるのか)。
 もう一人は山内さん、色彩感豊かな直情的な絵画である。これは「抽象画か?」と聞くと「いや違う」という。だが僕には抽象画にしか見えない。先日のカヴァレリアのルチアを歌った郡愛子を描いた絵に目を見張った。実の所「何がなんだかわからない」が僕の率直な感想である。説明があってもなお、納得するのに時間がかかる。しかし、その色彩感と、ものを見る目は、素直で前向きだと実感。
 ただ、二人ともまだ何かが見えてこないのも事実。
 若いアーティストがもがき苦しみながら自分の想いを具象化しようとしたり、自分の心の中を探っている姿はまばゆく、私に笑顔を与えてくれる。その日の夜の練習は彼らに負けまいとする僕がいたのである。

(3/4)予想通りの展開
 このHPを開設してから2週間、作曲・編曲の依頼はまだなし。それはあたりまえ。
今のところ本人の努力も全く見えず、やはり予想通りか。今後に期待。↑top

(はじめに)このページの思惑とは・・・〜親という職業?〜
 このページは、合唱指揮者 郡司 博とは関係ないが、なぜこのページをつくったか、から説明を始めなければならない。
 我が家には、作曲を志す2人のうさん臭い息子がいる。何しろ、2人併せて志望する作曲科に入るのに合計10年という浪人生活を数えたのだからたまらない。2人共、中学1年の頃、何を血迷ったか突然、「音楽をやりたい」と言いだした。それまでは勉強もせず、野球とマンガと遊びに明け暮れ、ピアノに見向きもしなかったのに、突然言い出したのだ。
 それで父である私が、「じゃあピアノを弾いてみろ」と言うと、ほとんど弾けるもの無し、「じゃあ歌か」と言って歌わせると声楽科卒の私の血をひかず、まさに音痴同然。今から弦楽器では間に合うはずも無し、かと言って管楽器をやられたら、近所含めて迷惑千万。楽理は成績悪くてこれまた無理。指揮をやらせてみたところ、左手と右手で別の事が出来ず、一体俺の血をひいているのか?と疑問。そこで思いついたのが作曲。これならどんなに頑張っても入れず諦めるだろうと思ったのだ・・・。
 そして期限ギリギリの6年かかって卒業。しかし、仕事全く無し。どうやって食べているのか不明。悪事にだけは手を出してくれるなと遠くから願う事しきり。
 見るに見かね、同世代の若い音楽家たちから情報を得るにつけ、まさに悲劇。私たちの若い頃、音大を出れば何とか音楽で食えたけど、もうそれも不可。東京芸術大学の学長が「芸大は失業者養成学校である」と入学式で言った名言がある。それを前もって知っていれば命がけで止めたはずである。税金を使って勉強しながらも、それを社会に還元できないシステムにも問題がありやなしや。ある時、学内の「・・・コンサート」でオーケストラで息子の曲が演奏されたおり、聴きに行ったが現代音楽で私にはちんぷんかんぷん。バッタリあった教授で指揮者の佐藤功太郎氏が僕を見るなり「君の息子だったの?大変だねえ」と僕の肩にそっと手をおいてくれたのが心にしみた。
 しかし、今となってはやめさせる術もなく、息子たち以上に父親途方に暮れる。
 このページを見た人達にお願いがある。作曲でも編曲でもさせてみてはくれないだろうか。もし、気に入って演奏する機会があったら、多少なりともギャラを支払ってくださればありがたい。
 ああ、親とは何とあわれな職種だろうか。一体俺の老後はどうなるのか?↑top

ホーム - 指揮者からのメッセージ